『旅をする木』| アラスカでの暮らしを通じて「生」を教えてくれる

『旅をする木』概要

『旅をする木』は、写真家・作家の星野道夫さんによるエッセイ集です。著者が愛したアラスカの自然や動物、人々との出会いを通じて、「生きること」の本質を静かに問いかける作品です。旅先での体験や日常の風景が、詩的な言葉で綴られ、読む人の心に深く染み入ります。厳しくも美しい自然の中で見つけた「命のつながり」や「時間の流れ」が、やさしく、力強く描かれています。

『旅をする木』感想

アラスカ州第2の商業都市、フェアバンクスに星野さんは住んでいた

読み終えてすぐに、2周目に入った。それくらい気に入った。とても心が洗われる本だった。

行ったこともないアラスカが目に浮かぶように、景色の移り変わりやアラスカでの暮らしが、野生動物や植物の描写を通じて伝わってくる。暮らしを淡々と描いているようでいて、ところどころで「生きる」「生命」などの意味での「生」について教えてくれる。

いくつか好きな文章がある。

人間の気持ちとは可笑しい(おかしい)ものですね。どうしようもなく些細な日常に左右される一方で、風の感触や初夏の気配で、こんなにも豊かになれるのですから。

「風の感触や初夏の気配で」。今ちょうど、初夏の真っ只中にいる。初夏の真っ只中ってなんだ。とにかく、春でもなく、夏でもない。汗ばむようになってきた頃。ふと夜に外を歩いて、顔を撫でる風を心地よいと思ったときに、豊かになっている気がする。仕事をして、変わり映えのない毎日を過ごしながらも、季節の移り変わりを感じると、どこか心が躍る。

 

ぼくは名所旧跡を訪ねるより、町のカフェや場末の食堂に入って人びとの表情を見ているのが好きなので、

私もそう。旅行へ行くと、必ずその土地のスーパーマーケットへ寄る。この土地ではこういうものが良く食べられているんだと知るだけで十分。あとはカフェや外のベンチに座り、行き交う人を眺める。住む場所も話す言葉も違っても、みな家族や友人、恋人たちと過ごしながら、楽しい時を過ごすのが幸せなことだと知ることができる。

 

その度は、自分が育ち、今生きている世界を相対化して視る目を初めて与えてくれたのだ。

旅行へ行く理由のひとつ。知らない土地へ行くと、自分が住んでいる場所を客観的に捉えられる。良いことも、悪いことも。

 

結果が、最初の思惑通りにならなくても、そこで過ごした時間は確実に存在する。そして最後に意味をもつのは、結果ではなく、過ごしてしまった、かけがえのないその時間である。

これが真理なら救われる。思い通りにいかないことなど山ほどあるが、過去を振り返ると、過ごした過程が何よりも意味を持っていると思う。ゴールの見えない受験勉強や就職活動も、友だちとの他愛もない毎日も。