宮部 みゆきの『火車』を読んで、感想

宮部 みゆき『火車』を手に取った背景

東野 圭吾や誉田 哲也の作品が好きで、その関連で宮部 みゆきも知っていた。読みたいなと思っていたが、結構グロいという話を聞き、手に取っていなかった。

先日、ワンシーズンに1度くらい会う女友達と話していたら、その子が宮部みゆきの作品が好きだと言っていた。その子は、穏やかな感じの子だったし、小説の話もしたことがほぼなかったので驚いた。中でもおすすめの作品を聞いてみると『火車』とのことだったので、読んでみることにした。

『火車』あらすじ

休職中の刑事、本間俊介は遠縁の男性に頼まれて彼の婚約者、関根彰子の行方を捜すことになった。自らの意思で失踪、しかも徹底的に足取りを消して――なぜ彰子はそこまでして自分の存在を消さねばならなかったのか? いったい彼女は何者なのか? 謎を解く鍵は、カード社会の犠牲ともいうべき自己破産者の凄惨な人生に隠されていた。山本周五郎賞に輝いたミステリー史に残る傑作。
新潮社より(https://www.shinchosha.co.jp/book/136918/

『火車』を読んで、感想

面白かった。が、 全部で700ページ弱と長くて、キャラクターやエピソードを思い出すのに必死になって、物語に入り込みきれなかった。これは私が物語を理解する力が弱いゆえの話。ストーリー自体は、とても面白かった。

本作の初版は1992年!読んでいると、ところどころで時代を感じさせられる描写がある。私はまだ生まれていないので、「そうそう、こんな時代だった」とはならないけれど。「ポケベル」という言葉が出てきたり、名簿や地図を使って地道に足を運んで捜査を進めていったりしていた。

1992年の出来事
1992年って、いったいどんな時代だったのか気になって調べてみた。まずはバブル崩壊。1990年初頭の株価暴落で始まり、さまざまな要因が連鎖して、1992年は俗に言う「失われた10年」の始まりの時期にあたる。ほかには「クレヨンしんちゃん」のテレビアニメがスタートしたり、中西 保志の「最後の雨」がリリースされたりした年らしい。今となっては当たり前になっているものが始まった年だと考えると、かなり昔のように思える。

「関根彰子」は、本物の「彰子」と、彼女に入れ替わった偽物の「彰子」の2つのパターンで使われる。理解が乏しい私は、読んでいる途中どちらの話をしているのか何度も分からなくなったので本ブログでの説明は省くが、彼女らが「クレジットカード」をあまり理解できていないまま使いつづけたことで、息をひそめて陰で生きていかなければならなくなったことは確か。じわじわと膨れ上がる利用額、その場しのぎのためにサラ金から借りてあっという間に陥る自転車操業、どうにかして逃げようと考えるも打つ手はない…。そんな恐怖を疑似体験できた気がする。

「本間俊介が関根彰子の行方を捜す」物語の裏では、バブル経済崩壊直後の日本における「クレジットカード」や「ローン」の闇が描かれる。私は幸い(?)、中学生か高校生のころから親に「クレジットカードには気をつけろ」「(一人暮らしをしたら)借金だけはするな」と何度も言われてきたからか、クレジットカードの使い方には気をつけている方だと思う。例えばむやみやたらとクレジットカードでの買い物をしないとか、クレジットカードを使った分の金額を封筒に分けておくとか。そうすることで、支払い時期が近づいても、封筒に溜まった金額を銀行へ入れれば「思いのほか使いすぎていた!」を繰り返して、残高が無くなるのを防げる。また、クレジットカードではなくデビットカードを利用して、使いすぎを防ぐようにもしている。

なので本作を読んで異常に不安を感じることはなかった。とはいえ、将来的にはライフステージの変化によって、ローンを組まざるを得ないときが出てくるかもしれない。そのときにはよく調べようと思うようになった。