他者を理解するとは?『正欲』

『正欲』概要

朝井リョウによる小説『正欲』は、社会の中で「普通」や「正しい」とされる価値観に抗い、個々の欲望や感情に向き合う人々についての物語。作中では、性的指向や恋愛感情、性自認など、現代社会が求める「普通」から逸脱する主人公たちの葛藤や苦悩がテーマとなっている。

物語の中心には、社会的な規範や常識に押し潰されそうになりながらも、自己の欲望や本心と向き合う複数の登場人物がいる。彼らは「正しい」とされるものが一体何なのか、また自分にとっての「正しさ」を見つけようと模索する。登場人物たちのそれぞれの物語が交錯し、彼らの人生がどのように社会と折り合いをつけていくのかが描かれている。

『正欲』感想

タイトルと表紙(青い背景に鴨が落ちていくようなイラスト)に惹かれて、単行本だけのときから気になっていた作品。ようやく文庫本が発売されたので買ってみた。

『正欲』を口に出していうとアレなので大人な内容かと思ったら、いたって真面目なストーリー。題材はアレなんだけど、伝えたいテーマが真面目。

物語では、水に性的興奮を覚える人々が登場人物として出てくるのだが、彼らはその嗜好が特殊すぎるあまり、今まで周りに明かしてこなかったという。彼らを取り巻く人たちとの関係を通じて、他者を理解するとは何かを問いかけるような内容になっている。

作中では、周りに明かせないほどの趣味嗜好を持つことがどれだけ苦しいかが書かれている。親しい人にすら「自分」を明かせない苦しさや、修学旅行での夜に盛り上がる話に共感できないこと。ほかの人たちは恋愛についての「悩み」を話すのに、自分は話せないこと。

この一文が、本作を通して訴えかけてくる彼らの苦しさをまとめたものだと思う。

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本人たちが恋愛にまつわることにどれだけ悩み傷ついていても、人間に興奮できることが、他者とその悩みを共有できること自体が恨めしくて羨ましくて仕方なかった。(p. 204)

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読み終えて、「他者を理解すること」が声高に叫ばれる昨今の風潮に疑問を感じた。正確には、もともと疑問を感じていたが、さらにクリアになった感じ。どれだけ自分が誰かを理解しようと努めても、本当の意味での理解はできないんじゃないかと思う。理解してほしい人が話しても理解を得られないままならば、消化不良になって余計苦しくなるとも思った。いっそ打ち明けない方が楽だと。当事者にならない限り、理解なんてできやしないから。

「他者を理解する」とか「平等に」という言葉に違和感を感じている人には、ぜひ読んでほしい。きっと何か気づきがあるはず。