人生の役には何も立ちそうにないけれど、ふとした瞬間に蘇る温かい風景 | 『使いみちのない風景』(著:村上春樹)

村上春樹さんの『使いみちのない風景』を読んだのは2〜3年前。本屋でタイトルを目にして、惹かれて手に取りました。

村上春樹『使いみちのない風景』概要

語り手である村上春樹は、かつて訪れたリゾート地の記憶を静かに辿りながら、「使い道のない風景」が心に残る理由を探ります。その風景は誰かに見せるためでも、写真に収めるためでもなく、ただそこにあったもの。意味や目的を持たないがゆえに、美しく、心に沁みると語ります。こうした「意味のなさ」に価値を見出し、現代社会の効率主義とは対照的な視点を提示しています。作品全体を通して、読者に「思い出すこと」の豊かさや、個人の記憶がもつ静かな力を感じさせる一編です。

「使いみちのない風景」とは

「使いみちのない風景」って聞いて、なんとなく想像はつきました。写真や記憶に残っていて、見たり思い出したりすると感傷的な気持ちになるけれど、そこに意味があるかと問われるときっと何もないものだろうなって。

読み始めると、予想はだいたい当たっていました。作中で「使いみちのない風景」の説明が、「何も始まらない、ただの風景の断片があるだけ」と、さらっとされていました。

著者はある風景を思い出しながら、「僕はあそこに三年間住んだんだな。あそこにはそのときの僕の生活があり、僕の人生の確実な一部があったんだな」 – 『使いみちのない風景』p.48 (村上春樹/中公文庫)とも考えると述べています。共感しました。

 

「使いみちのない風景」は誰にでもあるはず

誰にでも「使いみちのない風景」って山ほどあると思います。例えばバイト先の友達や先輩と飲みながら「ああでもないこうでもない」と騒いだ居酒屋の個室。繁華街で仲の良い友達と飲んで、ほろ酔い気分で駅まで歩いた道。街の一角にひっそりとたたずむ鳥居に向かい、しっかりと立ち止まって一礼をするサラリーマンを素敵だなとおもたこと。自転車の後ろに取り付けられたカゴに、大人しく座って揺られる愛らしい柴犬。

思いつきでドライブしたままたどり着いた人気のない公園。そこでバスケットボールでパスをしたり、白い山みたいな遊具に座って朝まで喋ったりしたこと。そこで薬指を骨折したことは内緒。遠いヨーロッパに旅行したときには、有名な建築物を見たことよりも、親しい人たちとたいして有名ではない場所で、3時間くらい飲みながらワイワイしたこと。

そのような、人生の役には何も立ちそうにないけれど、ふとした瞬間に蘇る温かい風景が「使いみちのない風景」なんだと思います。

私の「使いみちのない風景」の写真

赤い花には惹かれます。花が踊っているよう。『Flower Dance』って曲を思い出しました。
この画像にぴったり。気が向いたら聴いてください。
Youtube:Flower Dance – DJ Okawari

地元のインドカレー屋さんでテイクアウトしたカレーたち。
「チキンカレー」を頼んだはずなのに「ほうれんそうポーク」がやってきました。
何も合っていない。どれも美味しいし、その適当さも「まあいいか」と思えた。

 

大学の講義室 in コロナ禍。ちょうどコロナが流行しはじめたとき、大学生活後半でした。
それまで賑やかだった講義室から一気に人がいなくなり、
ようやく大学生活最後のほうで対面授業が少しずつ再開して登校しますが、
前ほどの賑やかさはなく…。コロナ禍最中だったこともあり、悲しいと感じた記憶があります。

 

ベトナム・ハノイへ行ったときの、ハノイ市内でフォーを売っていたお店で。
私たちはハノイ市でも中心の方にホテルを取り、ホテルから歩いて3〜5分ほどの場所だったのに、
店主は英語を話さずジェスチャーで乗り切ったことを覚えています。
旅先ではローカルな雰囲気に触れたいので、英語すら通じない状況を経験できたのは良い。

 

イギリス・イーストボーンへ短期留学した際の、バスからの景色。
現地で聞いた話によると、ちょうど子羊が生まれるシーズンだったらしい。
そこらじゅうに羊がいて、子羊も見ることができました。
私は日本の中でも都会出身というわけでもないのに、羊を見た記憶はあまりないから、とても新鮮で、
そしてとても可愛くて、ずっと覚えています。

みなさんの「使いみちのない風景」はなんですか

どんな絶景よりも観光名所よりも、「何も始まらない、ただの風景の断片があるだけ」というような、誰に見せるでも語るでもない風景は素敵だなと思います。きっとそこには、どれだけ月日が流れても、ふとした瞬間に思い出す風景があると思う。

私は写真に残してすらいない瞬間も蘇ります。せっかく旅行へ行ったのに時間を持て余してしまって、広場のベンチに座って行き交う人をぼーっと眺めていたこと。親しい人からかけられた、嬉しかったり一生残ったりする言葉。

普段は投稿へのコメントは無しにしていますが、オンにしました。ぜひ知りたい。